
電熱を利用した「電気こたつ」は、関東大震災後の電化ブームに呼応する形で、1924年に登場したました。
同年に発売された鉄製の「電気あんか」と共に、一部の家庭に普及を見たが、本格的な普及は第二次世界大戦後まで待つこととなります。
戦後しばらく、民生用の電化製品の製造は、GHQにより規制を受けていたようです。1951年ごろから製造が再開され始め、発熱器を床下に入れて使用する電気掘りこたつや床上で使用する電気こたつが製造されることとなりました。その中で注目すべきは、1957年に発売された「電気やぐらこたつ」の誕生である
この製品は、当時無数に開発された電化製品のうち、開発者とエピソードが知られる珍しい製品であります。
開発者の名前は山田正吾氏。
東京芝浦電気(現:東芝)の家庭電器開発から販売企画、意匠部門を経て、広報部長、消費者部長を歴任した山田氏は、噴流式洗濯機、電気餅つき機、電気式毛布など、日本人の生活に根ざした画期的な電化製品を開発した人物であり、電気炊飯器の開発の中心人物としてあまりに有名です。
現在のこたつ的な形態である、机式こたつは雪国の温泉街のそば屋にあったといいます。
電化製品の普及活動のため、北陸電力の職員と石川、富山の各県を巡回していた山田氏は、宇奈月温泉の温泉街にあるそば屋に立ち寄った際、天井から飛び出た金属製の容器を発見した。
これは階上で床に穴を開け、その中に容器を埋め込み灰と炭をおさめ、その上にやぐらとこたつ布団をかけてこたつにしていたものを階下から覗いたものであったそうですが、そのとき山田氏は下にあるのが常識とされたこたつの熱源を上部に持っていくことを思い立ったそうです。
このアイデアを商品化し、天井の下に反射板付きの発熱体を仕込んだ、電気やぐらこたつは、足が伸ばせて移動が簡易、ねじ込み式の脚部が取り外せるので場所もとらないということで、発売初年度に20万台を販売する大ヒット商品となったそうです。